大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 平成5年(ワ)250号 判決 1995年12月08日

原告

髙橋優子

髙橋緑

髙橋香苗

有限会社アトム企画

右代表者代表取締役

岡井森一郎

右原告四名訴訟代理人弁護士

松本恒雄

友澤宗城

被告

朝日火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

野口守彌

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小坂伊左夫

被告

日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

廣瀬清

右被告三名訴訟代理人弁護士

米田功

市川武志

田所邦彦

宇都宮嘉忠

鈴木祐一

西本恭彦

野口政幹

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

五十嵐庸晏

右訴訟代理人弁護士

宇都宮嘉忠

鈴木祐一

西本恭彦

野口政幹

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告朝日火災海上保険株式会社は、原告髙橋優子に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を、原告髙橋緑及び同髙橋香苗に対し、それぞれ金一二五〇万円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社は、原告髙橋優子に対し、金一六〇〇万円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を、原告髙橋緑及び同髙橋香苗に対し、それぞれ金八〇〇万円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を、それぞれ支払え。

三  被告東京海上火災保険株式会社は、原告髙橋優子に対し、金二二五〇万円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を、原告髙橋緑及び同髙橋香苗に対し、それぞれ金一一二五万円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払済まで年六分の割合による金員を、それぞれ支払え。

四  被告日本火災海上保険株式会社は原告有限会社アトム企画に対し、金一億円及びこれに対する平成五年五月二二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

五  被告朝日火災海上保険株式会社は原告髙橋優子に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年五月二二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二  事案の概要

本件は、亡髙橋孝文ないしは同人が経営していた大晃汽船又は原告アトム企画が、被告らとの間で、被保険者を髙橋孝文とし、保険金受取人を原告らとする傷害保険契約を締結していたところ、髙橋孝文が本件事故により死亡したので、原告らが被告らに対し保険金の支払を求めたところ、被告らは、本件事故は髙橋孝文が故意により発生させた事故であると主張して、保険金の支払を争った事案である。

一  争いのない事実

1  本件各保険契約の存在

(一) 大晃汽船株式会社(以下「大晃汽船」という。)は、平成四年一〇月一日被告朝日火災海上保険株式会社(以下「被告朝日火災海上」という。)との間で、次のとおり普通傷害保険契約を締結し、同日年間保険料七万七一六〇円を支払った。

(1) 被保険者  髙橋孝文

(2) 死亡保険金受取人  法定相続人

(3) 保険期間 平成四年一〇月一日午後四時から平成五年一〇月一日午後四時まで

(4) 死亡保険金  五〇〇〇万円

(二) 髙橋孝文は、平成四年五月一二日被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京火災海上」という。)との間で、次のとおり年金払交通傷害保険契約を締結し、同日年間保険料九万八四七〇円を支払った。

(1) 被保険者  髙橋孝文

(2) 死亡保険金受取人 指定なし(約款により法定相続人)

(3) 保険期間 平成四年五月一二日午後四時から平成五年五月一二日午後四時まで

(4) 死亡保険金  三二〇〇万円(一時払の場合)

(三) 原告有限会社アトム企画(以下「原告アトム企画」という。)は、平成四年六月三日被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)との間で、次のとおり交通事故傷害保険契約を締結し、同日年間保険料二万九九五〇円を支払った。

(1) 被保険者  髙橋孝文

(2) 死亡保険金受取人 指定なし(約款により法定相続人)

(3) 保険期間 平成四年六月三日から平成五年六月三日午後四時まで

(4) 死亡保険金  四五〇〇万円

(四) 髙橋孝文は、平成四年六月一日被告日本火災海上保険株式会社(以下「被告日本火災海上」という。)との間で、次のとおりの各保険契約を締結し、同日交通傷害保険については二万九五〇〇円の、普通傷害保険については六万二五〇〇円の各年間保険料を支払った。

(1) 交通傷害保険

(a) 被保険者  髙橋孝文

(b) 死亡保険金受取人 原告アトム企画

(c) 保険期間 平成四年六月一日午前〇時から平成五年六月一日午後四時まで。

(d) 死亡保険金  五〇〇〇万円

(2) 普通傷害保険

(a) 被保険者  髙橋孝文

(b) 死亡保険金受取人 原告アトム企画

(c) 保険期間 平成四年六月一日午前〇時から平成五年六月一日午後四時まで。

(d) 死亡保険金  五〇〇〇万円

(五) 髙橋孝文は、平成四年六月五日被告朝日火災海上との間で、次のとおり交通事故傷害保険契約を締結し、同日年間保険料三万八六五〇円を支払った。

(1) 被保険者  髙橋孝文

(2) 死亡保険金受取人  髙橋優子

(3) 保険期間 平成四年六月五日午後四時から平成五年六月五日午後四時まで

(4) 死亡保険金  五〇〇〇万円

2  本件事故の発生等

(一) 平成四年一一月二九日午後一〇時二〇分ころ、愛媛県喜多郡長浜町の長浜港砂利置場岸壁(以下「本件岸壁」という。)において重松忠昭が運転し、髙橋孝文及び杉本由紀子が同乗していた普通乗用自動車(以下「本件車」という。)が、岸壁から海中に転落するという事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(二) 本件事故により、髙橋孝文及び杉本由紀子が死亡したが、重松忠昭は助かった。杉本由紀子は髙橋孝文の愛人であった。重松忠昭は本件事故当時、杉本由紀子の運転手代わりをしており、杉本由紀子を通じて髙橋孝文とも知り合いであった。

3  髙橋孝文の職業・相続関係等

(一) 髙橋孝文は生前、モーテル営業を目的とする原告アトム企画、船舶貸渡業等を目的とする赤原産業、海運業を目的とする大晃汽船の各代表取締役を務める外、貸金業のオレンジファイナンス、同愛媛信販も経営していた。

(二) 原告髙橋優子は髙橋孝文の妻で、その法定相続分は二分の一であり、原告髙橋緑及び同髙橋香苗はいずれも髙橋孝文の子で、その法定相続分は各四分の一である。

4  本件各保険契約の保険約款

(一) 本件各保険契約については、「保険者は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により、その身体に被った傷害に対して、保険金を支払う。」旨、及び、「保険者または被保険者の故意等による事由によって生じた傷害に対しては保険金を支払わない。」旨保険約款で定められている。

したがって、髙橋孝文が故意により本件事故を発生させたものであると、原告らの本件保険金請求は認められない。

(二) 本件各保険契約については、「保険契約者又は被保険者が重複保険契約を締結するときは、その重複の事実について、保険者に告知する義務や通知する義務があり、保険契約者又は被保険者がこれらの義務を怠った場合は、保険者は保険契約を解除することができる。」旨、保険約款で定められている。

被告らは、平成四年一二月二六日から二八日にかけて原告らに対し、本件各保険契約は重複保険契約であり、髙橋孝文、大晃汽船、原告アトム企画が重複保険契約についての告知義務、通知義務に違反しているので、本件各保険契約を解除する旨の意思表示をなした。

二  被告らの主張

1  故意免責事由が存在することについて

本件事故は、髙橋孝文が故意に発生させた事故であり、「保険者または被保険者の故意による事故」として損害保険約款上の免責事由に該当する。従って、被告らは原告らに対し保険金支払義務を負わない。本件事故が髙橋孝文の故意によるものであることは、以下の各事情から認められる。

(一) 巨額の負債の存在

髙橋孝文は生前巨額の負債を抱えていた。その負債額(妻や会社名義の借入金を含む。)は、平成五年一〇月現在で、銀行等四金融機関からの負債が合計九億〇八〇〇万円を超え、その他に知人一二名からの負債が合計三億二〇〇〇万円以上存在していた。

そのうち借入元本残一〇億三〇〇〇万円弱について、その年間支払利息を年7.8パーセントの利率(最も低率のもの。)で計算しても、毎年八〇三四万円弱の利払が必要であり、これは、孝文の年間申告所得(平成三年度は九八二万九〇六七円、平成四年度は一一六二万二四〇〇円)をもっては、到底支払不可能な金額である。

髙橋孝文が生前巨額の負債を抱えていたことは、同人の死後、相続人である原告髙橋優子、同緑及び同香苗が、相続限定承認の申立てをしたことからも明らかである。

(二) 付保状況の異常性

髙橋孝文(会社名義分を含む。)は、損害保険関係だけでも、自己を被保険者として、被告四社との間で合計七口の損害保険契約を締結し、その死亡保険金合計は三億一七〇〇万円に達する。加えて、生命保険関係では五社七口、死亡保険金合計約七億一五一〇万六七〇〇円、農協共済保険関係では六口、死亡保険金合計二億五五〇〇万円もの保険契約を締結し、これら死亡保険金の総額は約一二億八七一〇万六七〇〇円にも達している。

そして、以上の保険契約合計二〇口のうち一五口までが、本件事故が発生した平成四年になって締結されており、以上の各保険契約に対する支払保険料の総額は、平成四年において年間一一八三万四九六〇円にも達し、この金額は、前述した孝文の年間申告所得を上回る金額であって、このことに照らしても、髙橋孝文による付保状況の異常性は明白である。

(三) 本件事故状況の不自然性

原告らは、髙橋孝文が投げ釣りをするため、重松忠昭が本件事故現場で本件車を後退させていたと主張するが、本件事故現場、岸壁の端と係留ブイのビットとの間が僅か二三八センチメートルしかなく、本件車の幅員一六九センチメートルを考慮すると、本件車と左右の余地は、わずか三〇数センチメートルしかないところに、本件車を止めるため、わざわざ本件車を後退させたという主張自体が不自然である上、わずかな余地しかないところを投げ釣りの場所に選択するのも、これ又極めて不自然なことであって、原告らの前記主張は、本件事故を偶発的ものに仮装しようとするものに過ぎない。

本件事故においては、運転者の重松忠昭が生存している。車両ごと海中に転落するという態様の事故において、運転者が生存していること自体まれなことであるのに加え、海中から引き上げられた本件車の運転席側のドア部分は、車体との連結部分にえぐられるような亀裂が入っていた。これは、本件車が運転席側のドアが開いたまま海中に転落したため、水圧によりこのような亀裂が入ったものであり、重松忠昭が転落に備えて脱出の用意をしていたことを示すものである。

(四) 保険金詐取の前歴

髙橋孝文には保険金詐取の前歴がある。髙橋孝文は、共犯者らと共謀して海難事故を装って保険金を騙取しようと企て、平成二年二月二〇日艦船覆没未遂罪により松山地方裁判所に起訴されたが、刑事裁判が係属中に本件事故により死亡した。しかし、松山地方裁判所は共犯者らについて審理を続け、平成五年六月一〇日共犯者らに対し、髙橋孝文と共謀し海難事故を装い保険金を騙取しようと企てた事実を認定して、有罪判決を言い渡した。

(五) 杉本由紀子の不自然な行動

本件事故では、髙橋孝文の愛人であった杉本由紀子も死亡しているが、杉本由紀子も本件事故前に極めて不自然な行動をとっていた。すなわち、

杉本由紀子は、平成元年三月一日第一生命保険相互会社(以下「第一生命」という。)との間において、自己を被保険者とする死亡保険金八〇〇〇万円の生命保険契約を締結していたところ、杉本由紀子は、本件事故発生直前である平成四年一一月一〇日、死亡保険金額を一気に一億七〇〇〇万円に増額した。

そして、杉本由紀子は、自己が経営していたエステティックサロン「ひめ椿」の営業が不振であったところ、その従業員であった門屋絹子に対し、平成四年九月ころから、自分に万一のことがあったら、第一生命から支払われる死亡保険金の中から一〇〇〇万円をあげるので、店の後を継いで欲しい旨「遺言」をするようになり、本件事故直前の平成四年一一月二四日には、門屋絹子に対し、「後のことを頼む。」と言い残した。杉本由紀子の長女杉本圭子も、右「遺言」のことを聞いていたので、杉本由紀子の死後、杉本由紀子の弟一色愛生が門屋絹子に対し、右一〇〇〇万円の内払として、香典のなかから二〇〇万円を支払っている。

これらの事実は、杉本由紀子が本件事故による死亡を予定して行動していたのでなければ、説明がつかないことである。

2  重複保険契約の告知義務違反による契約解除

本件各保険契約は重複保険契約であり、本件事故直前には、髙橋孝文を被保険者とする死亡保険金の総額は一二億円以上にも達していたのに、髙橋孝文はこのような重大な事実を被告らに告知しておらず、かつ、本件各保険契約は実質的には全て髙橋孝文によって締結されたのであるから、髙橋孝文が重複保険契約の存在を告知しなかったことについて、髙橋孝文に故意があることは明らかである。したがって、本件各保険契約については、告知義務違反による解除を免れない。

3  公序良俗違反による契約無効

髙橋孝文が締結していた保険契約の死亡保険金額は、損害保険、生命保険及び共済保険を合計すると金一二億八七一〇万円にも上り、その年間支払保険料の合計は一一八三万円にもなって、年間一〇〇〇万円程度の髙橋孝文の申告所得に照らしても、著しく不相当な付保状況であり、社会的に合理的な危険分散のための保険加入の限度を明らかに超えるものと言わねばならない。このような保険契約の締結は、社会的に許容することのできない不相当な行為であり、公序良俗に反し無効である。

三  原告らの反論

1  故意免責事由の主張について

本件事故は、運転者の重松忠昭が運転を誤ったことにより生じた偶発的事故であり、「急激かつ偶然な外来の事故」であって、髙橋孝文の故意による事故ではない。被告ら主張のように、重松忠昭、髙橋孝文、杉本由紀子が交通事故を偽装しようと謀議の上、本件事故を実行したものだとすると、重松忠昭への報酬金の提供ないしはその約束が当然ある筈である。しかるに、警察の長年にわたる綿密な捜査によるも、髙橋孝文又は杉本由紀子が重松忠昭に対し、報酬金の提供ないしはその約束をした事実が判明しておらず、本件事故が髙橋孝文の故意によるものとは認められない。

髙橋孝文には、確かに負債があったが、そのうちの大部分には所有不動産や船舶等十分な担保が差し入れられているし、返済も順調に行われているのであって、いわゆる焦げつき債務は、四億三〇〇〇万円(第一生命からの借入分)のみに過ぎない。髙橋孝文は、生前、赤原産業や原告アトム企画その他貸金業を経営しており、その収入は十分にあった、孝文の役員報酬の合計額は、平成四年当時においては金七六〇五万八一三九円である。

付保状況についても、髙橋孝文のような中小企業の経営者が、自己に万一のことがあった場合に備えて、負債額に見合った保険金額の保険に加入することは、何ら不自然なことではない。髙橋孝文は、平成四年になって初めて保険に加入したわけではなく、本件事故前の数年間にわたり、毎年四七二万五七二四円もの保険料を支払ってきたのであり、それだけの保険料を支払う資力があったことが明らかである。年間四七二万五七二四円の保険料を数年間支払ってきた者が、本件事故の年に、一一八三万四九六〇円の保険料を支払うようになることが、そんなに不自然で物理的に不可能なものなのだろうか。

本件事故現場は、約五〇メートル離れたところに街路灯がある上、付近に喫茶店、パチンコ店もあり、それほど暗いところではない。本件事故現場のビットの端と岸壁の端までの距離は二六〇センチメートルあり、ビットとの間に余裕をもって本件事故車両を停車させても、七〇〜八〇センチメートルもの空間があるから、そこに向けて車を後退させることが、困難とはいえないし、そこで投げ釣りをしようと考えることは、何ら不自然なことではない。

被告らが主張するように、本件車の運転席ドア付近の傷は、海水の抵抗により生じたものであり、車が沈んでいくときに生じたものに間違いないが、そこから何故、海への転落前にドアが開いていたと断定できるのかが分からない。転落直後にドアを開けても、運転席ドア付近に傷ができる筈である。さらに、本件事故により死亡した杉本由紀子の遺体は、海面上で発見された。このことは、杉本由紀子が転落後、車内から海中に脱出したことを意味しており、本件事故が髙橋孝文と杉本由紀子による覚悟の心中でないことを示している。

2  告知義務違反等による解除について

告知または通知義務違反による保険契約解除を主張する場合には、保険者は、「重複保険契約の事実」のみについて故意・重過失を主張すれば足りるのではなく、「告知または通知義務の存在(を知らなかったこと)」についても、保険契約者の故意・重過失の主張・立証が必要となるところ、本件においては、被告はこの意味の主張・立証をしておらず、契約解除は無効である。

3  公序良俗違反による契約無効について

多額の保険契約がされていること自体を公序良俗違反とするのは、理論的に問題があるが、仮に一般論として認められるとしても、髙橋孝文のごとく、中小企業の経営者が自己の負債額に見合う保険金額の保険に加入することは、社会的に行われていることであって、公序良俗に反するものではない。

四  争点

本件における争点は、(一)本件事故は、髙橋孝文の故意により発生したものであり、被告ら各保険会社に故意免責が認められるか、(二)仮に本件事故が髙橋孝文の故意により発生したものとは認められないとしても、告知義務違反による契約解除又は公序良俗違反による契約無効が認められるか否かである。

第三  当裁判所の判断

一  髙橋孝文の経済状態に関する検討

1  髙橋孝文の負債について

(一) 証拠(甲一七・一八、証人細川政子、当裁判所からの調査嘱託に対する北条市農業協同組合〔以下「北条市農協」という。〕、伊予銀行新北条支店、第一生命、国内信販株式会社〔以下「国内信販」という。〕松山支店からの各回答)、及び弁論の全趣旨によると、髙橋孝文及び原告アトム企画は、本件事故前に各金融機関に対し、次のような借入金債務又はその連帯保証債務を負っていたこと、原告アトム企画は、本件事故当時髙橋孝文が社長をしていた資本金二〇〇万円の有限会社であり、モーテルを経営する従業員三〜四名、年間売上高五〇〇〇万円弱の小さな個人企業であって、実質的には髙橋孝文個人が原告アトム企画の債務を負っていたこと、以上の事実が認められる。

(1) 債権者  北条市農協

債務者  髙橋孝文

借入日  平成三年八月二〇日(当座貸越契約)

弁済期  平成六年六月二〇日

残元本  一億二七八〇万〇六三五円(平成五年九月現在)

利息等  利息年二回払、利払の遅滞なし。

(2) 債権者 伊予銀行新北条支店

債務者  赤原産業の求償金債務について髙橋孝文が連帯保証

借入日  昭和六一年一〇月六日

弁済期  同上

債権の種類 伊予銀行が赤原産業の第一生命からの借入金を代位弁済したことによる求償債権

残元本  二億八七八七万八一九七円(平成五年一〇月現在)

利息等  利息年7.8%、昭和六一年一一月一五日より利息未払。

(3) 債権者 伊予銀行新北条支店

債務者  赤原産業の借入金について髙橋孝文が連帯保証

借入日 昭和六〇年一二月二七日

弁済期  最終期限平成五年一二月二七日

残元本  一三〇九万四二二七円(平成五年一〇月現在)

利息等  利息年8.5%、昭和六一年六月二八日より利息未払。

(4) 債権者 伊予銀行新北条支店

債務者  永和海運株式会社の借入金について髙橋孝文が連帯保証

借入日  昭和五九年七月三一日

弁済期  平成六年九月二〇日(最終期限)

残元本  二五六万円(平成五年一〇月現在)

利息等  利息年9.925%、利息元金とも遅滞なし。

(5) 債権者  第一生命

債務者  赤原産業の借入金について髙橋孝文が連帯保証

借入日  昭和六〇年一月一〇日

弁済期  昭和六一年九月一日(期限の利益喪失日)

残元本  六〇〇五万三三一八円(平成五年九月現在)

利息等  利息年八%、遅延損害金年一四%、入金不定期(元本充当)。昭和六一年一月二六日からの利息金・遅延損害金が未払い。確定未収利息及び損害金合計七七九〇万三〇八一円(平成五年九月現在)。

(6) 債権者  国内信販松山支店

債務者  原告アトム企画

借入日 昭和六三年一〇月二八日

弁済期  昭和六三年一一月二七日から二一年間の均等弁済

残元本  九二〇二万二七八一円(平成五年一〇月現在)

利息等  利息年9.48%、月々の支払額九三万〇八二五円。

約定どおり返済し、遅滞はない。

(7) 債権者  北条市農協

債務者  大内圭夫外四名の北条市農協からの借入金について髙橋孝文が連帯保証

債務額  一億〇四七三万二五三九円

(二) 以上によると、髙橋孝文が前記各金融機関に対して負担する債務は、原告アトム企画名義の借入金(前記(一)(6))、大内圭夫外四名の借入金についての連帯保証債務(前記(一)(7))を除外しても、平成五年一〇月現在で、その残元本が総額で四億九一三八万六三七七円あり、本件事故(平成四年一一月)当時は、それ以上の債務が存在していた(本件事故後返済されたものがあるから。)ことが認められ、これに前記(一)(2)(3)(5)の借入金債務の未払利息及び遅延損害金を合わせ考慮すると、本件事故前において、髙橋孝文は前記各金融機関に対し、少なくとも合計七億円をはるかに超える債務を負担し、その支払うべき年間利息・遅延損害金の合計額は、少なくとも金三八〇〇万円を超えていた(最低約定利率の年7.8%で計算。)と認められる。

加えて、証拠(乙四二、証人細川政子)によると、髙橋孝文の借入は前記各金融機関の外に友人・知人にも及び、個人合計一二名からの総額三億二三七五万円にも及ぶ借入をしていたことが認められる。

したがって、髙橋孝文は本件事故前に、原告アトム企画名義の借入金(残元本だけで九〇〇〇万円以上)、大内圭夫外四名の借入金についての連帯保証債務(債務額は一億円以上)を除外しても、総額一〇億円をはるかに超える債務を負担していたことが認められる。

2  髙橋孝文の収入について

証拠(乙三六の1・2)によると、髙橋孝文の申告所得金額は、平成三年度が九八二万九〇六七円、平成四年度が一一六一万二四〇〇円であったことが認められ、いずれにしても、年間一〇〇〇万円前後の申告所得金額である。

これに対し、原告らは、髙橋孝文には年間七六〇〇万円を超える収入があったと主張する。

しかし、原告ら申請の証人細川政子(髙橋孝文が経営する会社の経理事務を担当していた。)の証言によっても、髙橋孝文の年間収入は、原告アトム企画からの役員報酬が平成三年度が六〇〇万円、平成四年度が七三〇万円、大晃汽船からの役員報酬が年間約七五万円、髙橋孝文が経営していた貸金業オレンジファイナンスからの給与が年間七〇〇万円、同じく貸金業愛媛信販からの給与が年間約三六〇万円、以上合計約一七三五万円ないし約一八六五万円程度しか認められない。細川証人自身、髙橋孝文の年間収入は、約二〇〇〇万円程度であったと思う旨証言している。

証人細川政子の証言によると、原告らは、髙橋孝文が経営していたオレンジファイナンス及び愛媛信販における貸付金の年間回収額についても、髙橋孝文の年収額に含めて計算していると思われるが、貸金業においては、回収した貸付金は再び貸付金に回されるべき営業の原資である以上、貸付回収金を年収に含める原告らの主張は失当である。

したがって、以上によると、髙橋孝文の年間収入は、一〇〇〇万円から最大でも二〇〇〇万円程度までと認めるのが相当である。

3  小括

以上、判示してきたところから明らかなように、髙橋孝文は、原告アトム企画名義の借入金(元本だけでも九〇〇〇万円以上残存。)、大内圭夫外四名の借入金についての連帯保証債務(債務額は一億円以上。)を除外しても、本件事故前総額一〇億円をはるかに越える負債を有し、その利払いだけでも、少なくとも年間三八〇〇万円を超える資金が必要であった。しかし、その年収は一〇〇〇万円から最大限でも二〇〇〇万円位であって、以上に照らすと、本件事故前、髙橋孝文の経済状態は完全に破綻し、同人は経済的な逼塞状況に追い込まれていたことが認められる。

このことは、髙橋孝文の金融機関に対する前記1(一)の(1)ないし(5)の負債合計五口のうち、順調に返済しているのは(4)の一口のみに過ぎず、残余の(2)(3)は昭和六一年中から利払いが途絶え、(5)は入金が不定期であり、(1)も利払いをしているに過ぎないこと、髙橋孝文は、金融機関にとどまらず、個人の知り合いからも借金を重ね、その借入先も合計一二名に及び、金額も三億二〇〇〇万円を越えていたこと、並びに、髙橋孝文の死後、その相続人全員が松山家庭裁判所に、相続限定承認の申立をしている(乙四二)ことからも伺える。

これに対し、原告らは、髙橋孝文の金融機関に対する借入については、十分な担保が提供されており、その負債額を額面どおりに評価するのは相当でない、前記1(一)の(5)の借入については、入金が元本に充当されており、これは利息・損害金の棚上げと言うべきであるから、利息・損害金は負債に含まれない等と主張する。

しかし、証拠(甲二六ないし二九、当裁判所の調査嘱託に対する伊予銀行新北条支店からの回答)、及び弁論の全趣旨によると、前記1(一)の(2)(3)の借入(債権者は伊予銀行、残元本合計は三億〇〇九七万二四二四円)について、不動産担保が提供されていることは確かであるが、右担保不動産の評価額はわずか二四八二万三〇〇〇円に過ぎない上、右担保不動産には、北条市農協が極度額五四〇〇万円の一番根抵当権を設定しており、伊予銀行は極度額が僅か三〇〇〇万円の二番根抵当権を設定しているに過ぎないので、前記1(一)の(2)(3)の借入については、殆ど物的担保がない状態であることが認められる。

また、前記1(一)の(5)の借入(債権者第一生命、残元本は六〇〇五万三三一八円、平成五年九月現在での利息・損害金合計七七九〇万三〇八一円)についても、不定期の入金が元本に充当されているからといって、利息・損害金が当然に免除されるとは考えられないし、証拠(乙一六、一八、当裁判所の調査嘱託に対する第一生命からの回答)によると、その担保となっている船舶二隻(七福丸、・七福丸二号)は、正式な航行の権利を持たない無許可船であり、相当額で売却するのが困難である上、荷主を募って運航するにも、足元を見られて運賃を叩かれるため、採算のあった荷主の確保に苦労する船であったことを考慮すると、十分な担保価値が有るとは認められない。

そして、証拠(当裁判所の調査嘱託に対する北条市農協、伊予銀行北条支店からの各回答)によると、前記1(一)の(1)(4)の債務については、債務額と不動産担保評価額が見合っていることが認められるので、右債務を除外して、前記1(一)の(2)(3)(5)の債務のみから髙橋孝文の経済状態を考慮しても、残元本は三億六一〇〇万円以上存在し、利息・損害金を含めると六億円以上に達し、年間の利払額は二八〇〇万円以上にもなって(最低約定利率の年7.8%で計算。)、髙橋孝文の年収(一〇〇〇万円から最大限でも二〇〇〇万円)を上回ることに変わりはない。

以上の次第で、髙橋孝文が経済的に破綻していなかったとする原告らの主張は理由がない。

二  髙橋孝文の付保状況に関する検討

1  平成四年以前における髙橋孝文の付保状況

証拠(当裁判所の調査嘱託に対する住友生命保険相互会社〔以下「住友生命」という。〕からの回答)、及び弁論の全趣旨によると、平成四年以前における髙橋孝文の付保状況は、以下のとおりであったことが認められる。

(一) 生命保険関係(住友生命のみ)

(1) 契約日 昭和四八年四月八日

死亡保険金  一〇〇万円

(災害死亡割増特約五〇〇万円)

受取人  原告髙橋優子

年間保険料  七万一六〇〇円

(2) 契約日  昭和六一年八月二五日

死亡保険金  一億三〇一〇万六七〇〇円

受取人  原告髙橋優子

年間保険料 四一一万七四七四円

(二) 農協生命共済保険関係

(1) 契約日  昭和四八年八月一三日

死亡保険金  七五〇万円

(災害死亡割増特約六〇〇万円)

受取人  相続人

年間保険料  九万九四五〇円

(2) 契約日 昭和五四年七月二日

死亡保険金  二〇〇〇万円

(災害死亡割増特約一五〇〇万円)

受取人  相続人

年間保険料  二五万七一〇〇円

(3) 契約日  昭和六一年一月二五日

死亡保険金  一〇〇〇万円

(災害死亡割増特約六五〇万円)

受取人  相続人

年間保険料  一八万〇一〇〇円

2  平成四年における髙橋孝文の付保状況

証拠(乙三〇ないし三二、三三・三四の各1、三五、当裁判所の調査嘱託に対する住友生命、明治生命保険相互会社〔以下「明治生命」という。〕、千代田生命保険相互会社〔以下「千代田生命」という。〕、日本生命保険相互会社〔以下「日本生命」という。〕、富国生命保険相互会社〔以下「富国生命」という。〕からの各回答)、及び弁論の全趣旨によると、本件事故が発生した平成四年における髙橋孝文の付保状況は、以下のとおりであることが認められる。

(一) 生命保険関係

(1) 契約日 平成四年四月二五日

保険会社  明治生命

死亡保険金  一億円

(災害死亡割増特約五〇〇〇万円)

受取人  原告髙橋優子

支払保険料  半年払い・八三万一六二〇円

(2) 契約日  平成四年六月一日

保険会社  住友生命

死亡保険金  一億円

(災害死亡割増特約一億円)

受取人  原告髙橋優子

支払保険料  月払い・一一万四二五三円

(3) 契約日  平成四年七月一日

保険会社  千代田生命

死亡保険金  五〇〇〇万円

(災害死亡割増特約五〇〇〇万円)

受取人  大晃汽船

支払保険料  月払い・六万円

(4) 契約日  平成四年八月一日

保険会社 日本生命

死亡保険金  五〇〇〇万円

(災害死亡割増特約二五〇〇万円)

受取人  原告アトム企画

支払保険料  月払い・六万〇六六四円

(5) 契約日 平成四年一〇月一日

保険会社  富国生命

死亡保険金  三〇〇〇万円

(災害死亡割増特約二〇〇〇万円)

受取人  相続人

支払保険料  月払い・四万一六七一円

(二) 農協生命共済保険関係

(1) 契約日 平成四年六月一五日

死亡保険金  四五〇〇万円

(災害死亡割増特約四五〇〇万円)

受取人  相続人

年間保険料 一〇三万二〇五〇円

(2) 契約日  平成四年九月三日

死亡保険金  二〇〇〇万円

(災害死亡割増特約二〇〇〇万円)

受取人  相続人

年間保険料  二八万一一〇〇円

(3) 契約日  平成四年一一月四日

死亡保険金  三〇〇〇万円

(災害死亡割増特約三〇〇〇万円)

受取人  相続人

年間保険料  四七万七四〇〇円

(三) 損害保険関係

(1) 契約日 平成四年五月一二日

保険会社  被告大東京火災海上

保険種類  年金払交通傷害保険

死亡保険金  三二〇〇万円

受取人  相続人

(2) 契約日 平成四年五月一二日

保険会社  被告大東京火災海上

保険種類  普通傷害保険

死亡保険金  四〇〇〇万円

受取人  相続人

一時払保険料  九万八四七〇円((1)・(2)合計)

(3) 契約日  平成四年六月一日

保険会社  被告日本火災海上

保険種類  交通事故傷害保険

死亡保険金  五〇〇〇万円

受取人  原告アトム企画

一時払保険料  二万九五〇〇円

(4) 契約日  平成四年六月一日

保険会社  被告日本火災海上

保険種類  普通傷害保険

死亡保険金  五〇〇〇万円

受取人  原告アトム企画

一時払保険料  六万二五〇〇円

(5) 契約日  平成四年六月三日

保険会社  被告東京海上火災

保険種類  交通事故傷害保険

死亡保険金  四五〇〇万円

受取人  相続人

一時払保険料  二万九九五〇円

(6) 契約日  平成四年六月五日

保険会社  被告朝日火災海上

保険種類  交通事故傷害保険

死亡保険金  五〇〇〇万円

受取人  原告髙橋優子

一時払保険料  三万八八一〇円

(7) 契約日 平成四年一〇月一日

保険会社  被告朝日火災海上

保険種類  普通傷害保険

死亡保険金  五〇〇〇万円

受取人  法定相続人

一時払保険料  七万七一六〇円

3  考察

(一) 以上によると、平成四年以前において、髙橋孝文が締結した保険契約は計五口であり、その死亡保険金合計額(災害死亡割増特約分を含む。)は二億〇一一〇万六七〇〇円であり、年間支払保険料の総計は四七二万五七二四円であった。

ところが、髙橋孝文は、本件事故が発生した平成四年においては、四月から一一月(本件事故の発生月)までの僅か八か月間に、新たに生命保険五社五口、農協生命共済保険三口、損害保険四社七口、以上合計一五口もの保険契約を締結した。右新たに契約した保険契約は、死亡保険金額(災害死亡割増特約分を含む。)が一〇億八二〇〇万円、年間支払保険料が七一〇万九二三六円に達している。

したがって、平成四年までに締結していた従前分も含めると、死亡保険金総額(災害死亡割増特約分を含む。)は一二億八三一〇万六七〇〇円、年間支払保険料の総額は一一八三万四九六〇円もの巨額に達したことが明らかである。

髙橋孝文は、本件事故が発生した平成四年以前においては、昭和四八年に二口、昭和五四年に一口、昭和六一年に二口の各生命保険契約を締結して以降、約五年八か月にわたって新たな保険契約は締結していなかった。にもかかわらず、本件事故が発生した平成四年になると、四月から一一月までの僅か八か月間に、計一五口もの保険契約を新たに締結し、死亡保険金総額(災害死亡割増特約分を含む。)も、従前の二億〇一一〇万六七〇〇円から一二億八三一〇万六七〇〇円へと、何と六倍以上もの金額に増加させているのである。

(二) このように、保険事故発生前に、短期間に集中的に多数の保険契約を締結したという髙橋孝文の行動は、それ自体極めて不自然であり、本件事故が偶発的なものであるとする原告らの主張と矛盾した、極めて不可解な行動である。

何故ならば、保険契約は、万一の危険発生による経済的な負担の増加に備えることをその目的とするところ、このような危険の発生は、通常予測できない以上、仮に近い将来自らの身に何らかの危険が発生することが運命的に予定されていたとしても、それへの備えとして、保険契約を多数集中的に締結するといった行動は不可能であり、従って、そのような行動の合理的理由は説明できないからである。そもそも、従前の二億円余りの死亡保険金では不安であり、新たに死亡保険金一〇億円以上の保険契約に緊急に追加加入する必要が生じた、などといった事態は通常あり得ず、本件における髙橋孝文のように、短期間に多数の保険契約を集中的に締結するといった行動は、一般的にはその必要性が考えられない不自然なものと言うことができる。

また、髙橋孝文は、本件事故発生前の僅か八か月間に、計一五口もの保険契約を締結し、新たに年間七〇〇万円以上の保険料の支払を要することになったのであり、これは明らかに何らかの目的をもった行動と言えるところ、保険契約締結の目的は、万一の危険発生に備えるという点にあることに鑑みれば、髙橋孝文の右のような行動は、まるで、自らが本件事故に遭うことを予期して、それに備えていたかのような行動であり、これは、本件事故が偶発的なものであるとする原告らの主張を強く否定する事情と言える。

(三) さらに、髙橋孝文の付保行動が不自然なものであることは、保険料負担の面からも裏付けられる。

すなわち、仮に、髙橋孝文の年収を二〇〇〇万円と最大限に見積もっても、平成四年における年間支払保険料の総額は、同年における保険契約数の増大の結果一一八三万円余りと、同人の年収二〇〇〇万円の半分以上に達しており、このように、自己の年収の半分以上を保険料支払に費やすなどということは、通常では考えられない行動である。仮に、髙橋孝文の年収が申告所得額約一〇〇〇万円程度であったとすると、髙橋孝文は、平成四年においては、自己の年収額とほぼ同額の保険料を支払ったことになる。

そもそも、既述したように、髙橋孝文は、金融機関に対する利払いだけでも年間三八〇〇万円以上になり、これだけでも、自己の年収をはるかに上回る金額になるから、それ以上に金銭的負担を増やす行動は、通常差し控える筈である。しかるに、髙橋孝文は、保険契約の締結という通常差し迫った必要性があるとは考えられない行動により、新たに年間七〇〇万円以上もの保険料の支払を要することになったのであり、髙橋孝文のこのような行動は、既述した髙橋孝文の年収額に照らしても、通常人の合理的理解をはるかに超え、このような多大な負担を払ってでも保険契約を締結しようとしたことは、本件事故前において、髙橋孝文が多数かつ多額の保険契約を締結することに固執していた状況を窺わせるものである。

(四) 髙橋孝文が、本件事故の発生を事前に計画していたのではないかという疑問は、次の事情からも指摘できる。

すなわち、髙橋孝文は、昭和六一年八月までは生命保険契約のみしか締結していなかったのに、本件事故が発生した平成四年になると、五月から一〇月までの六か月間に、損害保険契約七口を集中的に締結した。これらの保険契約は、被保険者のいわゆる事故死(交通事故傷害保険にあっては、交通乗用用具搭乗中等の事故。)による損害を保障することを目的とするところ、本件事故前に、このような目的を有する保険に集中的に加入したということは、自己が車両搭乗中に事故死することを予期したかのような行動と評価できる。

以上の事情に加えて、髙橋孝文は、平成四年四月以前は、保険契約の口数を増やす場合でも、農協生命共済保険の口数を増やすか、又は住友生命一社との間で契約をしていたのに、平成四年四月以降は、生命保険会社五社五口、損害保険会社四社七口というように、保険契約の締結を分散させていること(このようにすれば、重複保険契約であることが判明しにくいことは論を待たない。)を総合考慮すると、平成四年四月以降の髙橋孝文による保険契約の締結は、それが万一の危険に備えるという通常の付保行動であるとすれば、あまりにも不自然・不合理であって理解しがたく、何らかの別の意図をもった行動(すなわち、髙橋孝文は自己の本件事故による死亡を予定しており、それに合わせて保険契約を集中的に締結した。)と考えない限り、合理的説明がつかないと言うことができる。

(五) 原告らは、髙橋孝文のような中小企業の経営者が、自己に万一のことがあった場合に備え、自己の負債額に見合った死亡保険金額を設定した保険契約を締結することは、何ら不自然ではない旨主張する。

しかし、一般的にそのようなことがあり得るとしても、証拠(乙一六、一八、二三、当裁判所からの調査嘱託に対する第一生命、伊予銀行新北条支店からの各回答)によると、髙橋孝文は、昭和六〇年末当時既に、船舶建造資金やその修理代金等として、四億円以上の借入金の保証債務(実質的には前記一1(一)の(2)(3)(5)の債務に該当する。)を抱えていたことが認められるのにもかかわらず、昭和六〇年時点では、髙橋孝文が締結していた保険契約の死亡保険金(災害死亡割増特約分を含む。)は、前述のとおり五四五〇万円に過ぎなかったのであり、髙橋孝文が自己の負債額に合わせて保険契約を締結するという行動を取っていたとは認められない。

しかも、髙橋孝文の負債額が平成四年四月以降急増したといった事情は認められず、何故、髙橋孝文が右時点から集中的に保険契約を締結したかは、原告らの前記主張では合理的な説明が不能である。よって、原告の右主張は理由がない。

三  本件事故内容の検討

1  証拠(証人重松忠昭、甲三九・四〇、四七、五〇、乙二八・二九の各1・2、五三、五四の1ないし4、五五)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 本件車が転落した本件岸壁は別紙図面(一)記載のとおりの構造となっており、その周囲に幅二五センチメートル、高さ一七センチメートルの車止めが設置され、車止めの途切れる部分には、ビット(船を係留するブイ)が設置されていて、通常であれば車が転落しにくい構造になっていた。もっとも、別紙図面(二)の③の北側岸壁付近だけは、車止めが四メートル以上にわたって途切れているため、その部分に向かってビットと車止めとの間の空間をすり抜けて車でまっすぐ北側に突き進むと、海に転落してしまう。

(二) 重松忠昭は、本件事故直前、本件車に髙橋孝文や杉本由紀子を同乗させて、本件岸壁の北西端の別紙図面(二)①の位置に一旦本件車を止め、同①の位置から②の位置に本件車を前進させた後、同②の位置から同③に向かって本件車を後退させたが、後退の最中に本件車の後部バンパー左側をビットに衝突させたため、やり直して再度後退したところ、同③の位置から本件車を海に転落させた。なお、本件車が海に転落した付近は、水面から本件岸壁までの高さが約1.5メートル、水面から海底までの深さが約6.3メートルあった。

(三) 本件車は、車種がトヨタカムリ、排気量が一九九〇CC、長さが4.52メートル、幅が1.69メートルである。本件車が転落した本件岸壁の北西端部分には、ビットと岸壁西端との距離が2.75メートル、ビットの南側延長線と車止め東端との距離が2.38メートルであった(別紙図面(一)参照)。本件車が別紙図面(二)の②から③の位置に後退した際には、本件車の西側と車止め東端との距離が、僅か34.5センチメートルしかなかった。

(238cm−169cm=69cm 69cm÷2=34.5cm)

(四) 本件車が海中から引き上げられた際、本件車の右前部(運転席側)は、ドアは開いた状態で窓は全開、左前部(助手席側)は、ドアは閉まった状態で窓は全開、右後部(運転席後)は、ドアは閉まった状態で窓は一部開いた状態、左後部(助手席後)は、ドアは閉まった状態で窓は一部開いた状態であった。本件車は、運転席側ドア支柱部が、最大幅一三センチメートル、長さ四六センチメートルにわたって損傷し、後部バンパー左側が、幅約七センチメートル、長さ一九センチメートルにわたって損傷していた。この種の損傷は他のドアには存在せず、運転席側ドアにのみ存在した。

(五) 本件事故当時、本件岸壁上には夜間照明が全くなかった。もっとも、本件事故現場から四〇メートル先に喫茶店、五〇メートル先に街路灯、八〇メートル先にパチンコ店がある。そのため、本件事故当時、本件事故現場付近は、夜間でも真暗闇という状態ではなかったが、暗かったことに変わりはない。

2  重松忠昭が本件事故直前、本件車を後退させていたことについて

(一) 本件車を別紙図面(二)の②から③に後退させるには、本件車の両側左(ビット)右(車止め)との余裕が、それぞれ34.5センチメートルしかない。このように余裕のない空間に本件車を後退させようとすること自体、通常は特別の事情がない限り行われない行動であるところ、本件車は、午後一〇時過ぎという夜間で照明の乏しい中、前示のような狭い空間を海方向に向かって後退していたのであって(後退が前進よりも危険と困難が伴うことは明らかである。)、これが通常であれば考えにくい不自然な行動であることは、その外形自体から明らかである。

(二) 証人重松忠昭は、このような僅かな余地しかない空間で、本件車を後退させていた理由について、本件車の中から投げ釣りをするため、本件車を本件岸壁の西端に寄せようとしていた旨、証言している。

しかし、そもそも、証人重松忠昭の証言によっても、本件事故当日、松山市から愛媛県喜多郡長浜町方面に向かった目的は、投げ釣りではなく食事のためであり、重松忠昭、髙橋孝文、杉本由紀子の三名は、全員が普段着で釣りの用意もしていなかったというのである。このように、釣りの用意もしていないのに、もうすっかり寒くなっている一一月末の夜一〇時過ぎに、突然投げ釣りをしようと考えること自体、極めて不自然なことと言わなければならない。

しかも、別紙図面(一)からも明らかなように、本件岸壁は十分な広さを有するので、投げ釣りのため本件車を海面近くに寄せるのであれば、ビットという障害物があって、二三八センチメートルという狭い空間を選択しなくとも、他にもっと車の操作が容易で、投げ釣りにも適した場所が多数存在することが認められ(例えば、本件岸壁北側でビットの東側や、本件岸壁西側でビットの南側が幾らでも開いている。)、何故、重松忠昭が本件事故直前に、本件事故の起こった場所を選択したのか、という疑問を解消できない。

その上、足元の余裕が三四センチメートル程度しかない場所というのは、人一人がやっと立てるか否かの場所であり、このような場所において、夜の一〇時過ぎに投げ釣りをすることが、常識的に言って危険であることは論を待たず、証人重松忠昭の前記証言は極めて不自然である。証人重松忠昭によると、急に本件岸壁で投げ釣りをすることになったのは、釣りをしたことのない髙橋孝文に、投げ釣りを教えるためであったというのであるから、その場所選択における不自然さは一層際立つと言うことができる。しかも、本件車を海面に近づけるため、岸壁の端に寄せるのであれば、本件車を後退させる必要性は考えられず、前進による方が容易かつ安全であることは、経験則上明らかである。

(三) 証人重松忠昭は、「別紙図面(二)の③の手前に本件車を止め、運転席及びその後部座席側のドアを開け、重松忠昭及び髙橋孝文が運転席及びその後部座席に座って、海に向かって投げ釣りをする予定であった。」と証言する。

しかし、車止め東端との間に34.5センチメートルの余地しかない場所に本件車を止め、その僅か34.5センチメートルの余地と、本件車内の空間を利用して、今まで釣りをしたことのない髙橋孝文に対し、重松忠昭が投げ釣りの仕方を教えるなどということは、考えられないことである。

何故ならば、投げ釣りを行うためには、釣針に餌をつける動作、竿を投げる動作、釣針を手元に引き寄せる動作、餌を付け替える動作、魚を捕獲する動作が必要であるが、今まで釣りをしたことのない髙橋孝文が、これら一連の動作を、暗くて寒くて狭い前述の空間内で出来るのか、そのような場所で、重松忠昭が髙橋孝文に対し投げ釣りの指導が出来るのか、大いに疑問がある。しかも、車止めとの間の幅34.5センチメートルの余地と、幅二五センチメートル、高さ一七センチメートルの車止めと、幅一〇センチメートルのコンクリートの西側は海であり、そのような場所で初心者である髙橋孝文が投げ釣りをすれば、海中へ転落する危険が極めて高いことは、容易に推測できるので、重松忠昭がそのような場所で髙橋孝文に投げ釣りを教えるなどということは、考えられないことである。

(四) 以上によると、重松忠昭が本件事故現場において本件車を後退させていたのは、投げ釣りのためであったとする証人重松忠昭の証言は信用できず、かえって、右のような行動は、本件事故現場(すなわち、既述したように、車止めが四メートル以上にわたって途切れている場所。)において、海に向かって車を後退させること自体が目的(すなわち、本件車を別紙図面(二)の②から③の位置に向かって後退させて、本件車を海に転落させることが目的。)であったのではないか、と考えざるを得ない。そうでなければ、何故、本件事故現場のような余裕のない空間で本件車を後退させていたのか、説明がつかないからである。

以上のことは、本件車を後退させる途中、ビットに本件車の左後部バンパーが衝突したにもかかわらず、再度同じ場所での後退を続けたことからも裏付けられる。何故なら、真に投げ釣りのため、車を海面近くに寄せようとしていたのであれば、既述のとおり、本件岸壁上には他に適切な場所が幾らでも存在するのであるから、本件事故現場(車の操作がしにくく、足元の余裕も十分でない場所。)にこだわる必要性があるとは考えられない。そして、現実に、本件車の左後部バンパーをビットに衝突させたことで、本件事故現場が空間の余裕がない場所(すなわち、投げ釣りの作業にも適しない場所。)であることが判明しているのであるから、通常であれば、別の場所に移動するか、少なくとも後退を前進に切り換えると考えられるのに、重松忠昭は、そのまま本件事故現場での本件車の後退を継続しているからである。

3  本件車の運転席側のドアが転落前から開いていたこと

本件車は、運転席側のドアのみが開き、助手席側・後部両側のドアは閉まり、運転席側ドア支柱が最大幅一三センチメートル、長さ四六センチメートルにわたって損傷した状態で、海中から引き上げられた。この種の損傷は他のドアには存在せず、運転席側ドアにのみ存在した。ちなみに、水面から本件岸壁までの高さが約1.5メートル、水面から海底までの深さが約6.3メートルであった(前記1(二)(四))。

運転席側ドア支柱の損傷は、重松忠昭が本件事故前から運転席側のドアを開けていたことから、本件車が後部から海中に落下して沈んでいく際に、運転席側ドアが通常の開閉方向とは逆方向に水圧がかかり、そのために生じた損傷と推測される。そして、岸壁から海面までは約1.5メートルしかないことから、本件車が岸壁から海面に落下するまでの間に、重松忠昭がドアを開けたものとは考えられない(証人重松忠昭自身も、「ゴトン、ザブン」といった感覚で、あっというまに海中に転落した旨証言している。)。

ところで、本件車は、転落前車止めとビットとの間を後退していたのであるが、その障害となるのは左後方のビットのみであり、本件車の運転席は右側にあるから、左後方の障害物を右側の運転席のドアを開けても確認できない。そして、証人重松忠昭は、後方の安全については、髙橋孝文及び杉本由紀子が声を出して確認合図をしており、それに従って後退するうち転落したと証言しているのであるから、重松忠昭が運転席のドアを開けて後方を確認する必要があった。あるいは確認していたとは認められない。また、本件事故が起きたのは一一月末ころの夜一〇時過ぎであるから、ドアを開放すれば寒気を感じるはずである。

以上の事情にもかかわらず、本件事故直前、本件車の運転席側ドアのみが開けられていたということは、本件車を運転していた重松忠昭が、自分だけが助かる目的で、転落後の脱出に備えて、予め運転席側のドアを開けていた可能性が大であり、このことは、本件事故が偶発的な事故であることを強く否定する事情と評価できる。

4  髙橋孝文らの合図を信用し続けた旨の重松忠昭証言の不自然性

証人重松忠昭は、重松忠昭が、髙橋孝文及び杉本由紀子の「オーライ、オーライ」と言う合図を信用して、別紙図面(二)の②から③に向かって後退するうちに、本件車が海中に転落したと証言する。

しかし、重松忠昭は、本件事故前、別紙図面(二)の②から③に向かって一回目の後退中に、本件車の左後部バンパーをビットに衝突させており、これにより、ビットまでの距離感はつかめていたものと思われる。加えて、本件車にはドアミラーが設置されているところ(乙五三)、本件事故現場において本件車と同型車を後退させた場合、車の最後部がビットの先端と並んだ段階で、ドアミラーにビットが映ることが認められ(乙五四の1、証人重松忠昭自身も、本件車の再度の後退の途中で、ビットの位置を確認した旨証言している。)、重松忠昭は、本件車を後退中に、運転席からビットの位置を認識することができた筈である。

ところで、本件岸壁に接岸した船がビットにロープを係留して船を固定するのであるから、ビットから岸壁先端(すなわち海)までは、僅かな距離しかないのが常識であり、重松忠昭は、本件車の二度目の後退の最中にビットの位置を再確認し、本件車の後方から海までは僅かな距離しかないことを認識していた筈であるのに、安易に髙橋孝文や杉本由紀子の誘導の合図を信じ、そのまま海に転落するまで後退を続けたなどということは、極めて不自然で信じ難い。

また、証人重松忠昭の前記証言が真実とすると、髙橋孝文や杉本由紀子は、本件車後方の余裕がなくなり、本件車が海中に転落する危険が生じてもなお、「オーライ、オーライ」と叫び続けたことになるが、同人らが自殺を試みていた訳ではないとすると、そのようなことは通常では考えられないことである。

5  髙橋孝文らが転落する瞬間に叫び声を発しなかったこと

証人重松忠昭の証言によると、髙橋孝文及び杉本由紀子は、両名とも、本件車が転落しかかった瞬間においても、何ら叫び声を発しなかったことが認められる。

ところで、もし、本件事故が偶発的なものであるならば、髙橋孝文や杉本由紀子は、同乗中の車が海中に転落するという事態は全く予想外のことであり、死ぬかもしれないという絶体絶命の状態であるから、通常であれば、何らかの驚愕的反応を発している筈である。

しかるに、髙橋孝文及び杉本由紀子の両名ともに、何らの声も立てなかったということは、同人らが予め自己の死を覚悟していたのではないか、ということを窺わせる事情と言える。

四  杉本由紀子の本件事故前の行動

1  証拠(乙四三ないし五一、五六の1・2、五七、証人重松忠昭)、及び弁論の全趣旨によると、以下の各事実が認められる。

(一) 杉本由紀子は生前、髙橋孝文と愛人関係にあり、重松忠昭を運転手代わりに使っていた。杉本由紀子は本件事故当時、エステティックサロン「ひめ椿」を経営していたが、経営不振のため多額の借金を抱えていた。そのため、杉本由紀子の相続人は、杉本由紀子の死後、相続の限定承認の申立をしている。

(二) 杉本由紀子は、「ひめ椿」の店長として門屋絹子を雇用していたところ、平成四年九月ころから門屋絹子に対し、「自分に万一のことがあったら、自分は第一生命で多額の生命保険に加入しており、その保険金の中から一〇〇〇万円をあげるので、引き続き『ひめ椿』を経営してほしい。」、「このことは、娘の杉本圭子にも話しておくので、一〇〇〇万円は杉本圭子からもらってほしい。」といった内容の話をするようになった。

(三) 杉本由紀子は、(1)第一生命との間で、①平成元年三月一日自己を被保険者とし、死亡保険金(災害死亡割増特約分を含む。以下同じ。)を八〇〇〇万円とする生命保険契約を締結し、②平成二年六月一日自己を被保険者とし、死亡保険金を六〇〇〇万円とする生命保険契約を締結していたが、③平成四年一一月一〇日には、前記①の死亡保険金額を、八〇〇〇万円から一気に一億七〇〇〇万円に増額し、(2)さらに、平成四年一一月九日富国生命との間でも、①自己を被保険者とし、死亡保険金を三五〇〇万円とする生命保険契約と、②自己を被保険者とし、保険金額を一〇〇万円とする医療保険契約を締結した。

(四) 杉本由紀子は、平成四年一一月二四日「ひめ椿」の店内で、再度確認の意味で門屋絹子に対して、「自分に万一のことがあった場合には、自分がかけている第一生命の生命保険金の中から一〇〇〇万円を受け取り、これを資金として、『ひめ椿』の店を自分に代わってやってほしい。」と頼んだ。

(五) 杉本由紀子及び髙橋孝文の両名は、平成四年一一月二五日に愛媛県北宇和郡松野町所在の「森の国」ホテルでの一泊旅行に、翌二六日には愛媛県喜多郡肱川町所在の「伊予肱川簡易保養センター」での一泊旅行に、門屋絹子夫婦や重松忠昭らを招待した。そして、杉本由紀子は、平成四年一一月二五日にも門屋絹子に対し、「後のことは頼みます。」と言って、自分が死亡した後の「ひめ椿」の経営を頼んだ。

(六) 杉本由紀子が平成四年一一月二九日本件事故により死亡したので、門屋絹子が杉本由紀子の葬式の場で杉本圭子に対し、一〇〇〇万円の支払につき確認をしたところ、杉本圭子からは、「一〇〇〇万円の話は生前、母杉本由紀子から聞いている。」旨の回答があった。そして、門屋絹子は、平成四年一二月七日杉本由紀子の弟一色愛生から、生前杉本由紀子が約束していた一〇〇〇万円の内払分として、杉本由紀子の香典の中から二〇〇万円を受領した。

2  右認定によると、杉本由紀子は、平成四年九月頃から門屋絹子に対し、「自分が死んだら支払われる生命保険金のなかから、一〇〇〇万円をあげるので、引き続き『ひめ椿』を経営してほしい。」などと言って、自己の死を真剣に考えるようになり、平成四年一一月になると、新たに富国生命で三五〇〇万円の生命保険に加入した外、従来から加入していた第一生命の生命保険について、その保険金額を八〇〇〇万円から一気に一億七〇〇〇万円に増額するなどして、近い将来自己が死亡することを前提とした上で、それに備えた具体的な行動を取っていたことが認められる。そして、杉本由紀子のこのような行動は、本件事故が偶発的なものであることを強く否定する事情と言える。

原告らは、本件事故において、杉本由紀子の遺体が海面上で発見されたこと(すなわち、杉本由紀子が転落後車内から海中に脱出したこと。)を根拠に、杉本由紀子が死を予定していたとは考えられないと主張する。しかし、証人重松忠昭の証言によると、杉本由紀子は、本件事故直前本件車の助手席に座っていたというのであり、そして、本件車の運転席側のドアは、重松忠昭が転落前から開けていたのであるから、杉本由紀子にしてみれば、例え覚悟の心中であったとしても、本件車もろとも海中に転落した後、苦しさのあまり無我夢中で車内でもがいているうちに、開いていた運転席側のドアから車外へ脱出することは、十分に考えられることであり、杉本由紀子の遺体が海面上で発見されたからといって、前記認定を覆す事情にはならない。

五  髙橋孝文の保険金詐取の前歴

1  証拠(乙七、一二ないし二三)によると、以下のとおり、髙橋孝文には、保険金を得ることを目的として、偽装事故を発生させようとした前歴のあることが認められる。

(一) 髙橋孝文は、昭和五九年一一月ころ、転売による利ざや確保の目的で、押し船(七福丸)及びバージ船(七福丸二号)を建造し、その建造資金として、四億三〇〇〇万円を第一生命から借り入れたところ、右七福丸及び同二号について内航海運組合総連合会の承認を得られず、無許可船とされたため、目的どおり船を転売することができず、また、無許可船であるため足元を見られて運賃を叩かれ、採算のあった運賃を払ってくる荷主を思うように見つからず、毎月六〇〇万円前後の赤字続きの状態となり、右四億三〇〇〇万円の支払いも困難な状況となった。

(二) 七福丸及び同二号には、保険金合計五億円の船舶海上保険契約が締結されていたところ、髙橋孝文は、昭和六〇年夏ごろになって、前記のような事情から、七福丸及び同二号を意図的に沈没させて保険金を入手し、借金を清算した方が得策であると考えるようになり、航行管理者である共犯者に偽装事故の計画を持ちかけた。そして、髙橋孝文は、七福丸の一部乗組員に命じて、昭和六一年四月二四日午前〇時二〇分頃、静岡県賀茂郡東伊豆町稲取岬東方約二マイル付近の海上を航行中に、七福丸に押航されていた七福丸二号船内の浸水用バルブを開放させて、右二隻の船を沈没させようとしたが、船長が浸水用バルブを閉じたため、沈没させることができなかった。

(三) ところで、髙橋孝文が七福丸及び同二号を沈没させることを試みた昭和六一年四月二四日午前〇時二〇分当時、同船には六名の船員が乗船していたが、うち三名は髙橋孝文らの犯行計画を全く知らされておらず、各自室で就寝していたのであり、幸いにして船長が浸水に気付いてバルブを閉めたため、大事に至らなかったのであるが、もし、髙橋孝文の犯行が成功しておれば、全く事情の分からない三名の船員は、夜間冷たい太平洋に投げ出され、死に至っていたかも知れないのである。

(四) ちなみに、髙橋孝文は、前記犯行が発覚したため、共犯者らと共謀して海難事故を装って保険金を取得しようと企てたとして、平成二年二月二〇日艦船覆没未遂罪により松山地方裁判所に起訴されたが、刑事裁判が係属中に本件事故により死亡した。しかし、同裁判所は共犯者らについて審理を続け、平成五年六月一〇日共犯者らに対し、髙橋孝文と共謀して海難事故を装い保険金を取得しようと企てた事実を認定して、有罪判決を言い渡した。

2  前記認定によると、髙橋孝文は、借金の支払いに追われ金に目が眩んだ場合は、自己の目的を果たさんがために手段を選ばず、他人の生命を危機に陥れることも辞さないという性癖を有する人物であり、偽装事故を発生させて保険金を騙し取るという発想をし、かつ、その具体的行動を実施に移す人物であることが認められ、このことは、本件事故も保険金目的の偽装事故であることを窺わせる、重要な間接事実と評価できる。

六  総括

以上、検討してきたとおり、髙橋孝文は、本件事故前一〇億円を超える負債を有して経済的な閉塞状況に陥っており、これは、社会的にみれば、債務の重圧から逃れるため、愛人と心中としてもおかしくはない状況と言えること、髙橋孝文は、本件事故前八か月の間に、計一五口死亡保険金合計一〇億八二〇〇万円という多数かつ多額の保険契約を締結しており、これは、髙橋孝文が本件事故の発生を予定し、それに対応した行動をとったのではないかとの疑いが強いこと、本件事故については、それが過失による偶発的事故とすると説明できない不自然、不合理な種々の事情が存在すること、本件事故により髙橋孝文とともに死亡した杉本由紀子についても、本件事故直前に多額の生命保険に加入し、従業員に自分が死んだら生命保険金をあげるなどと言って、自己の死を予定した具体的な行動をとっていたこと、髙橋孝文には、過去においても、保険金詐取目的のため船舶を沈没させようとした偽装事故未遂の経歴があり、右事件については艦船覆没未遂罪により松山地方裁判所に起訴され、本件事故当時は右刑事事件も結審間近となって、精神的にもますます追い込まれていたことが認められる。

そして、以上の各事情を総合考慮すると、これらの事情に対する原告らの合理的な反論のない本件においては、本件事故は、髙橋孝文及び杉本由紀子が、それぞれの負債の返済に苦慮したあげく、同人らが死亡することにより、遺族らに多額の保険金を入手させ、借金を清算しようと画策して、多数かつ多額の保険契約を締結した上で、重松忠昭を利用することにより、偶発的事故を装って故意に発生させた偽装事故であると推認せざるを得ず、本件事故は、損害保険約款における保険者の免責事由に該当すると言うべきである。

第四  結論

以上によると、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官紙浦健二 裁判官髙橋正 裁判官橋本佳多子)

別紙図面<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例